二つの世界のはざまで S・アン=スキ『ディブック』とユダヤ文化ルネサンス

「Dybbuk 二つの世界のはざまで」チラシ

二つの世界のはざまで
S・アン=スキ『ディブック』とユダヤ文化ルネサンス

(ポーランド文学古典叢書第5巻『ディブック/イヴォナ』(未知谷)刊行記念企画)

10月2日(金)16:30~19:30(大阪大学21世紀懐徳堂スタジオ)
10月3日(土)一回目:13:00~15:30、二回目:16:00~18:30(居留守文庫)

 

なにゆえに、なにゆえに
魂は
天の高みから
奈落の底に落ちるのか?
転落はそのうちに
飛翔の芽を宿すがゆえに

 

S・アン=スキ『ディブック――二つの世界のはざまで』の刊行を記念して
ש. אנ-סקי
צווישן צוויי וועלטן
(דער דיבוק)

Y・ワフタンゴフ演出によるヘブライ語劇団「ハビマ座」の初演(1922年1月31日、モスクワ)

Y・ワフタンゴフ演出によるヘブライ語劇団「ハビマ座」の初演(1922年1月31日、モスクワ)

2015年9月下旬、ポーランド文学古典叢書第5巻として『ディブック/イヴォナ』(西成彦編、赤尾光春・関口時正訳)が刊行されます。『ディブック』とは、ユダヤの民間伝承に伝わる悪霊(ディブック)伝説を下敷きに、前世の契りによって結ばれた若い男女が辿る悲劇を描いたユダヤ演劇史上最も有名な戯曲です。

『ディブック』は、1920年にワルシャワでイディッシュ劇団による初演が好評を博し、1922年にはモスクワでヘブライ語劇団による上演が大反響を呼んで以来、両大戦間期には、英語、ドイツ語、ロシア語、フランス語、ポーランド語、ウクライナ語、スウェーデン語、ブルガリア語、ルーマニア語、エスペラント語などに翻訳されて上演され、世界中の観客を魅了してきました。その反響は遠く日本にも及び、1930年(昭和5年)には、「ディブツキ」(エス・アンスキイ作)として『世界戯曲全集』(世界戯曲全集刊行會)の第39巻(西班牙・猶太劇集)に収録されています。したがって、今回の翻訳は実に85年振りの「再訳」にして、イディッシュ語による戯曲テクストの日本語訳としては初の試みとなります。

『ディブック』については、とくにロシア演劇界の鬼才Y・ワフタンゴフ演出による「ハビマ座」の上演(ヘブライ語)が世界演劇史上に残る伝説的な舞台の一つとなり、これを観たソ連映画界の巨匠セルゲイ・エイゼンシュタインは生涯忘れ得ぬ経験の一つに挙げ、ドイツ演劇界の「皇帝」マックス・ラインハルトは「これは演劇ではない、神の礼拝だ」と述べています。また、映画、ラジオ、テレビ、オペラ、バレエなどに次々と改作され、バレエ作品『ディブック』には、レナード・バーンスタインが楽曲を提供しています。

このようにユニークな遍歴を辿ったこの作品の日本語訳の刊行を記念して、『ディブック』の朗読劇とユダヤ音楽(クレズマーとハシディズムの旋律〈ニグン〉)の演奏会(一日目のみ)を開催いたします。

 

 

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  • 主催:文部科学省 科学研究費・基盤研究(B)「『ユダヤ自治』再考――アシュケナージ文化圏の自律的特性に関する学際的研究」
  • 共催:大阪大学文学研究科MCE研究会、神戸ユダヤ文化研究会
  • 協力:未知谷

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① 一日目(阪大豊中キャンパス)
◆日時:2015年10月2日(金)16:30~19:30(最大延長20:00まで)
◆場所:大阪大学(豊中キャンパス)21世紀懐徳堂スタジオ(http://21c-kaitokudo.osaka-u.ac.jp/
◆参加費:無料(どなたでも参加できます。事前申し込み不要)
◆プログラム:
16:30~17:00
解説「S・アン=スキ『ディブック』とユダヤ文化ルネサンス」
赤尾光春(大阪大学)
17:00~18:00
演奏会(クレズマーとハシディズムの旋律(ニグン))
クラリネット:樋上千寿(オルケステル・ドレイデル)
アコーディオン:秦コータロー
歌:赤尾光春
18:00~19:30
朗読劇『ディブック――二つの世界のはざまで』
〈演出〉鈴木径一郎(sputnik.)
〈出演〉宮本 荊(LifeR)、岸本愉香(sputnik./第2劇場)、江本真里子、濱本直樹(DanieLonely)、石田雅章(劇団イシダトウショウ)、島田淳子、赤尾光春
〈演奏〉樋上千寿、秦コータロー

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② 二日目(居留守文庫)
◆日時:2015年10月3日(土)一回目:13:00~15:30、二回目:16:00~18:30
◆場所:居留守文庫(大阪阿倍野・文の里の古書店:http://www.irusubunko.com/
◆定員:各回につき15名程度(事前に申し込みが必要です
◆予約・問い合わせ:070 5350 1972/e.pithecanthropus[at]gmail.com(atは@に変換してください)
◆プログラム:
☆一回目
・解説:「S・アン=スキ『ディブック』とユダヤ文化ルネサンス」(13:00~13:30)
・朗読劇『ディブック』(13:30~15:00)
・アフタートーク(15:00~15:30)
ゲスト:黒田晴之(松山大学)
☆二回目
・解説:「S・アン=スキ『ディブック』とユダヤ文化ルネサンス」(16:00~16:30)
・朗読劇『ディブック』(16:30~18:00)
・アフタートーク(18:00~18:30)
ゲスト:西成彦(立命館大学)

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S・アン=スキ(1863-1920) ש. אנ-סקי
イディッシュ語作家、ロシア語作家、民俗学者、社会活動家。
1863年、ベラルーシのヴィテプスク地方に生まれる(本名シュロイメ・ザインヴル・ラポポルト)。貧しいユダヤ人家庭に生まれ、伝統的な教育を受けたが、ロシアの社会思想に感化されナロードニキ運動に参加し、ロシア語で小説や社会評論を執筆。1892年、ロシアを去ってパリで亡命生活を送った後、スイスで社会革命党(エス・エル)の創設と活動に携わり、1905年にロシアに帰国して以降は、ユダヤ文化復興における中心的人物の一人となった。1912から14年にかけてユダヤ民俗調査団を率いてウクライナのユダヤ人集落のフォークロアを収集し、戯曲『ディブック』を創作。第一次世界大戦中には前線のユダヤ人難民の救済事業に携わり、その記録を『ガリツィアの破壊』にまとめた。ロシア革命の難を逃れてワルシャワ近郊に移住し、1920年、死去。

S・アン=スキ(1910年)

S・アン=スキ(1910年)

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〈解説および歌と出演〉
赤尾光春:大阪大学文学研究科助教。専門はユダヤ文化研究。著作(いずれも編著)に、『ディアスポラから世界を読む』(明石書店)、『シオニズムの解剖』(人文書院)、『ディアスポラの力を結集する』(松籟社)がある。大阪外国語大学時代に劇団「檜舞台」で活動した後、サミュエル・ベケット『ゴドーを待ちながら』やハロルド・ピンター『おとなしい給仕』(The Dumb Waiter)などの上演も行った。

〈演出〉
鈴木経一郎:2007年に大阪で結成された劇団 sputnik. に所属。脚本家が毎回ローテーションする劇団にあって、本公演全ての演出を担当している。 作・演出作品は『エレホンの雪』(2011)、『宿酔』(2013)、『驚く方法は忘れた』(2014)等。

〈出演〉
石田雅章:大阪外国語大学インド・パキスタン語ウルドゥー語学科卒。1985年初舞台。2006-2007パリ第7大学留学、専攻はベケット演劇、現代劇、能、コンテンポラリー・ダンス。帰国後『劇団イシダトウショウ』発足、ベケット作品の上演を目指す。2006年から”The Expelled” “The Calmative” “The End” “How it is”などに挑む。
江本真里子:フリー。役者。神奈川県出身。関西小劇場を中心に活動中。
岸本愉香:牡羊座。女優。憑依型と見られるが、繊細さが武器。2010年より㐧2劇場の演劇に参加。2013年よりsputnik.にも参加。自己紹介「自己紹介を書くのが苦手です。なにを書いても後で恥ずかしくなるんじゃないかと思ってしまう」。
島田淳子:大阪大学博士前期課程2回。チェコ出身のドイツ語作家リブシェ・モニーコヴァーLibušeMoníková (1945-1998)の作品を中心に、プラハのドイツ語文学の戦後の展開を研究している。2012年から2014年にかけてプラハ・カレル大留学。
濱本直樹:伊丹想流私塾、アイホール演劇ファクトリー、伊丹想流私塾マスターコース卒。Fance_pan退団後、永見陽幸と共にDanieLonelyを立ち上げる。関西小劇場を中心に活動。
宮本 荊:東京都内で活動中のLifeR、主宰。作・演出・出演など。共感できる喜びより知られない不幸を書き、痩身と薄幸な顔でそれを体現する。自作に限らず客演時も大抵不幸な役を回される。第一回笹塚演劇王特別男優賞。 http://lifers.jp/

〈演奏〉
樋上千寿(クラリネット):美術史家、ユダヤ音楽演奏家。シャガールの作品解釈を進める中でユダヤ文化研究へ傾倒。さらにクレズマー音楽の演奏へと活動の場を広げる。2003年にオルケステル・ドレイデルを結成、イディッシュ音楽の普及に努めている。
秦コータロー(アコーディオン):幼少の頃からクラシックピアノを学ぶ。2010年よりアコーディオンを始め、第4回ローランドVアコーディオンフェスティバル日本予選ファイナル出場。現在はソロライブ、レコーディング、バンドのサポートなど、幅広く活動を行っている。

〈ゲスト〉
黒田晴之:1961年生まれ、松山大学経済学部教授。20世紀のドイツ文学とユダヤ音楽を研究。著書に『クレズマーの文化史』(人文書院)、訳書(いずれも共訳)にスヴェン・ハヌシェク『エリアス・カネッティ 伝記』(上智大学出版)、ハンス・ヘニー・ヤーン『岸辺なき流れ』(国書刊行会)等。
西成彦:1955年生まれ、熊本大学助教授を経て、現在、立命館大学先端総合学術研究科教授。専攻は比較文学で、広くマイノリティと文学の関係を研究。おもな著書に、『イディッシュ』『エクストラテリトリアル』(いずれも作品社)、おもな訳書に、ショレム・アレイヘム『牛乳屋テヴィエ』(岩波文庫)、バシェヴィス・シンガー『不浄の血』(共訳、河出書房新社)等。

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キ┃ー┃ワ┃ー┃ド┃集┃
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◆ディブック דיבוק: ユダヤの民間伝承において、人間の肉体や魂に憑依して暴れると信じられた悪霊のこと(ヘブライ語の「憑りつく」(davok)という動詞に由来)。ディブックの伝承は、ユダヤ教神秘主義カバラの著作に記述された「ギルグル」(「輪廻」ないし「転生」の意)と呼ばれる観念に由来する。カバリストのサークルでは、特定のカバリストの魂に彼が精神的導師と仰ぐ故人の魂が憑依するという「魂の受胎」説が受容されてきたが、ディブックはいわばその逸脱した形態であり、天寿を全うせずに亡くなり、地上で犯した罪が浄化されないまま地上を彷徨っていた魂が生者の肉体に憑依すると信じられた。ディブック伝説の多くに共通するのは、適齢期のユダヤ人女性が男性の悪霊に取り憑かれて暴れ出したのを機に、カバラの秘儀に通暁したラビが悪霊を祓い除け、女性を救出するというモチーフである。

◆カバラ קבלה: 「伝承」を意味するユダヤ教神秘主義の思想と実践の体系。世界の創造を、無現なる神性エイン・ソフから聖性が10段階にわたって流出する過程と捉え、その聖性の最終的な形がこの物質世界であると解釈する。この過程は、10個の「球(セフィラ)」と22本の「小径」から構成された「生命の樹」と呼ばれる象徴図で示され、各球に神の属性が宿るとされる。その理論は16世紀のパレスチナに生きたカバリスト、イサク・ルリアが「収縮」「器の破壊」「修復」の三段階から成る壮大な宇宙論として発展させ、とりわけユダヤ教敬虔派ハシディズムに受け継がれた。

◆「収縮」(צמצום)、「器の破壊」(שבירת הכלים)、「修復」(תיקון): 「無限なる神性エイン・ソフは、すべてに偏満し、被造物が創造される時空間は存在しなかった。そこで、神性は自身へと自己収縮し、創造のための空間を造る。ここに神の意志である光が照射され、神性が段階的に流出して、巨大な原人アダム・カドモンが形成されていくが、この創造の光を盛る器は耐えかねて破裂し、光は天上界へ戻ってしまう。しかし破片に取り残された光の火花は、破片とともに落下して、別の世界、悪の世界を生み出す。そこへ絶えず、神の光線が照射されて、囚われの火花を救出し、創造の完成をめざそうとする。囚われの火花は、ユダヤ人の体内にも入った。ここにユダヤ人は、自らの魂を浄化することで、火花を天の世界へ回復させる責務が課せられたのである。」(市川裕『ユダヤ教の歴史』[山川出版社、2009年]、104頁)

◆ハシディズム חסידות: ルリア・カバラの影響を受けて、18世紀中葉に現在のウクライナで誕生したユダヤ教の刷新運動。「敬虔なる者」という意味の「ハシッド」に由来。遍歴の札売りで奇跡使いと信じられた「善き神名の主(バアル・シェム・トヴ)」ことイスラエル・ベン=エリエゼル(1700-1760)によって創始され、タルムードの学習に偏重したラビ・ユダヤ教のエリート主義を批判し、無学な者も、真心からの祈り、歌、踊り、食事、歩行といった日常的な所作を通じて神に近づくことができるという教えがユダヤ人大衆層に支持された。義人(ツァディク)と呼ばれるカリスマ的な導師たちを中心に東欧一帯に広がった後、近代化の波や度重なる戦乱によって一時的に衰退したものの、その独特の教えは、マルティン・ブーバー、フランツ・カフカ、エリ・ヴィーゼルらの著作を通してユダヤ人社会を越えて影響を与え続けている。

◆義人(ツァディク) צדיק: 元来は、『旧約聖書」のノアやヨセフなどのような神と人の前で義しい行いをしたとされる特別な人物のことを指す。東欧ユダヤ社会の文脈では、ハシディズムの開祖バアル・シェム・トヴの直系の末裔か弟子の系譜に連なるカリスマ的導師のことを指す。神と人との間を仲介する人物とされ、しばしば奇跡を行う神通力の持ち主と信じられた。律法学者であるラビと区別して「レベ」という呼称で親しまれ、「善きユダヤ人」とも呼ばれる。

◆クレズマー כליזמר: ヘブライ語で「楽器」の意。東欧・ロシアを中心とするアシュケナージ・ユダヤ人社会において、結婚式をはじめとする祝祭の際に演奏された音楽ないしその演奏家のこと。古来より伝わるヘブライ語の祈祷の旋律の要素に加えて、ルーマニアをはじめとする東欧一帯の民俗音楽の諸要素が混ぜ合わさったような音楽。クラリネットやフィドルを中心とする少人数編成で演奏されることが多く、1970年代頃を境に欧米などで再評価が進んだ。

◆ニグン ניגון: ハシディズムではことに音楽が尊ばれ、神への専心を目的として、安息日などの祝祭の度に、レベを囲んだ宴(ティッシュ)や日々の祈祷の合間などに、各流派に伝わる特別な旋律が歌われる。そうした旋律の多くはレベ自身によって作曲され、異教徒の羊飼いなどが口ずさむ歌の旋律から借用されるケースも珍しくなかったと言われる。ニグンの多くには歌詞がないが、詩編などからとられた短い歌詞つきのものもある。

 

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